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2017-09

ブログ概要。 - 2037.02.22 Sun

はじめまして!ここはマンマルXのブログです!

当サイトは国際問題などの政治ネタを中心に
歴史、宗教から陰謀論、ミリタリーまで話題は多岐にわたりますが、
真の目的は国民主権の民主主義国家である我が国において
政治に関心のないノンポリ層をなくそうというものです。(`・ω・´)
※ノンポリ(nonpolitical)=政治運動に興味のない人

私はいわゆる「ゆとり」と呼ばれる世代ですが、
同年代の若者の政治離れが著しく、施政者との溝は深まるばかりです。
将来、誰が私たちの暮らしを守っていくのでしょう?
このまま日本を放置するわけにはいきません。
この憂国の気持ちから「ゆとり世代の憂国ブログ」を始めます!

私は幸いにも義務教育期間に自虐史観から解放され、
歴史や政治への関心は人一倍強くなりました。
まずは「ゆとり教育」を推進した
日教組による自虐史観からの解放が第一です。

★ブログの見方(カテゴリ紹介)
まずは自己紹介替わりに自分史
次に政治思想を過去記事から順に見て基礎知識を習得、
その後、日本近代史を読破すれば自虐史観から離脱ですw

しかしゴールという訳ではありません。政治や歴史は現在進行形です。
国内国際全般というざっくりしたくくりと
極東アジア欧米中東アラブの地域別に時事問題を随時更新
また、もっとディープな内容(陰謀論)
国際全般からはユダヤ、国内からは菊タブーがあります。
戦史やミリタリー好きの人は戦争・兵器カテゴリもオススメです。

最新世界地図2016

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日本古代史⑥~桓武天皇と千年王国~ - 2017.09.17 Sun

●平安時代前期
延暦13年(794年)に桓武天皇平安京に都を移してから
鎌倉幕府が成立するまでの約390年間が平安時代です。
平城京が置かれたのに平城時代と呼ばず「奈良時代」なのに
「平安時代」のことを京都時代と呼ばないのは
奈良時代が平城京のみならず頻繁に遷都されたのに対して
平安京は、平安時代を通して政治上ほぼ唯一の中心であり、
尚且つ明治時代まで京都に朝廷が置かれ一定の政治機能を有しているためです。
京都が千年の都と呼ばれる所以もここにあります。



第50代桓武天皇の即位は大きな歴史の流れを見ると
壬申の乱で大友皇子(弘文天皇)が大海人皇子(天武天皇)に敗北して以来
完全な天智系の復活を意味します。
父の光仁天皇の即位によって天智系の天皇自体は復活しますが、
依然として天武系の影響力は強いままでした。
既に62歳と高齢だった光仁天皇の即位の決め手も
夫人の井上内親王聖武天皇の第一皇女
その間に生まれた他戸親王天武の血を継ぐ男子であり、
他戸親王を将来の天皇とするためでした。
山部王(桓武天皇)の母は百済系の渡来人で身分も低く、
異母兄弟の他戸親王と比べると出自として弱っかたのです。

しかし、井上内親王が光仁天皇を呪ったという事で皇后を廃され、
他戸親王も皇太子を廃された上、
光仁天皇の姉難波内親王の死も二人の呪いという疑いがかけられ、
朝廷を追放され庶民として幽閉されます。
そればかりかその幽閉先で不可解にも二人同日に死亡します。
こうして山部王が皇太子となり将来の天皇の座を射止めます。
これは九州で挙兵して鎮圧された藤原広嗣の弟である
藤原良継、藤原百川など藤原式家による策略であったと言われています。

聖武天皇の鎮護国家の政策により仏教勢力が朝廷内部に浸透し、
称徳天皇の元で道鏡法王という地位に付き、天皇に匹敵する権力を保持するにまで至り、
天皇による中央集権、律令国家体制は弱体化の一方でした。
桓武天皇は天武系の都であり、仏教の影響力の大きい奈良・平城京からの遷都を望みます。
平安京の前にまず長岡京(現京都府長岡京市)に遷都します。
これは桓武天皇の物資の運搬に便利な大きな川がある場所という希望から、
桂川や宇治川などの大きな河川が合流する淀川が付近にあること、
そして長岡京造宮使として遷都事業を推進した藤原式家の藤原種継の実家があり、
姻戚関係にあった渡来系の秦氏の拠点であるなど、
天智系の桓武天皇の支持基盤があることが挙げられます。

秦氏日本最大の渡来集団であり、
百済系渡来人という説、秦の始皇帝の末裔であるという説、
アッシリアから来た失われた10氏族(ユダヤ人)であるという説まで有り
出自ははっきりしていませんが、
優れた土木、養蚕、機織などの技術を持って朝廷を補佐し、
平城京から見て奈良山の向こうにあったことから「山背国」と呼ばれた
京都を開拓し、長岡京や平安京遷都に大きく貢献しました。
藤原氏が強大な権力を保持したのに比べ、
渡来人である秦氏はあくまで歴史の裏方といったところですが、
平城京が藤原氏の都とすると、長岡京、平安京は秦氏の都と言えるのではないでしょうか?
東映京都撮影所のある太秦秦氏の本拠地として知られています。

藤原京から平城京の遷都と大きく違うのは
寺を移築せずに奈良に放置したことです。
桓武天皇は天台宗や真言宗という新しい仏教を保護する一方で
寺を比叡山高野山など都の外に置きます。
奈良仏教は都市仏教でしたが、平安仏教を山岳仏教とすることで
仏教勢力が政治中枢に入り込む事を防いだのです。
しかし遷都間もなく種継が暗殺されてしまいます。
この暗殺事件に関わったとして実行犯とは別に
桓武天皇の皇太弟であり、実の弟である早良親王
その地位を廃され、淡路国に流罪となります。
桓武天皇による遷都の目的が仏教から距離を置くことであったため、
東大寺など南都寺院と繋がりの強い早良親王が
遷都阻止のため暗殺を企てたと疑いをかけられました。
一節には桓武天皇が実の息子である安殿親王に
皇位を継がせるため消したとも言われています。
早良親王は無罪を主張するため絶食し、淡路国に配流される途中に憤死します。

その後、新たに皇太子に立てられた安殿親王の発病や、
桓武天皇妃の相次ぐ病死、伊勢神宮正殿の放火、疫病や洪水が起き、
陰陽師により早良親王の祟りであるとされたため、
桓武天皇は遷都わずか10年にして平安京(現京都府京都市)へ二度目の遷都を行い
早良親王は皇位継承者ではなかったものの崇道天皇と追称されます。



京都が選ばれた理由は奈良と同じく四神相応の地と考えられたのと同時に
長岡京と同じく陸路だけでなく水路としても優れた機能があると考えられたからです。
天智天皇陵が京都に近い山科盆地にある事も何らかの関係があるかもしれません。
桓武天皇は平安京の命名後、
山と川に囲まれ自然に城を成す事から
都の置かれた「山背国」を「山城国」に改名します。

桓武天皇は王威の発揚のため、
当時日本の支配外にあった東北地方の蝦夷征服に傾注し、
坂上田村麻呂征夷大将軍として蝦夷征服に活躍しました。
また、近親婚の繰り返しの結果として断絶した天武系の教訓を踏まえ、
桓武天皇は多数の皇子をもうけ、
桓武天皇の崩御後、皇子らは順番に皇位につくこととし、
桓武天皇の次代の平城天皇は桓武天皇に劣らぬ積極的な改革を遂行しました。
平城天皇は弟の嵯峨天皇に譲位した後も
再び奈良の平城京に遷都を行おうとするなど執政権を掌握し続けようとしましたが、
それを嫌った嵯峨天皇との間に対立が深まり、
最終的には軍事衝突により嵯峨天皇側が勝利します。(薬子の変)。
これ以降、12世紀中葉の平治の乱まで中央の政治抗争は武力を伴わず、
死刑も執行されない非武力的な政治の時代が永らく続くこととなり、
ようやく朝廷に平安が訪れます。
天武系を支配した藤原氏の影響力が天智系の復活により縮小したため、
桓武天皇以降しばらく純粋な天皇親政が続きます。

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桓武天皇二度の遷都を行い、東北を治めて領土を拡大するなど
歴代天皇の中でも大きなリーダシップを発揮しました。
中国から伝わった天台宗や真言宗などの密教を保護したり、
平安時代前期は奈良時代の国風文化から一変して
唐朝の影響の強いものでしたが、
これも律令国家として不完全だった平城京(奈良時代)の反省もあると思います。
平安京が後の武士の時代になっても存続し続け、
現在もほぼそのまま主要都市として残っていることを考えると
日本史における桓武天皇の存在感はかなり大きいと言えます。

桓武天皇にまつわるエピソードとしては
今上陛下が日韓W杯に対するお言葉の中で
「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると、
『続日本紀』に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」

と発言した事があります。
国内よりも韓国で大きな話題となり、
「皇室は韓国人の血筋を引いている」
「皇室百済起源論」「日王が秘められた事実を暴露」
など
発言意図から逸脱した報道も多く行われましたが、
何度も言うように百済人の多くは日本に帰化し、
現在の朝鮮民族と百済人には殆ど繋がりはありません。
一方、韓国では百済人の地であった全羅道出身者への差別があります。
全羅道出身だった金大中大統領が陛下のお言葉を受けて
年頭記者会見でわざわざ歓迎の意を表したのはこうした背景も見えてきます。

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日本核武装の現実性。 - 2017.09.11 Mon



北朝鮮は先月28日、日本列島上空を飛び越す中距離弾道ミサイルの発射実験を行い、
9月3日、6度目の核実験を強行しました。
日本にとってはとっくにレッドラインを超えていますが、
アメリカは国連安保理で制裁強化を訴えるのみで、
何ら有効な対抗手段に打って出れない状況にあります。

今のところ米朝のチキンレース北朝鮮が勝っているとしか言えない状況で、
北朝鮮が先手先手で核戦力強化を進める形となっています。
北朝鮮の警告通りグアム周辺にICBMを落とせばアメリカの対応も変わるでしょうが、
その隙を突くのが北朝鮮の戦略であり、
方向をグアムから日本列島の東の太平洋上、
大陸間弾道弾ICBM(火星14)から中距離弾道弾IRBM(火星12)にランクを落とすなど
アメリカが手を出しにくいラインで挑発を続け結果的にそれは成功しています。
この調子で経済制裁と核・ミサイル実験の応酬が繰り返されて
一番の損害を受けるのは日本です。
日本の上空を飛び越えるミサイルを連発、核実験も繰り返され、
Jアラートは鳴り響き、鉄道など公共交通機関が停止、国民生活は混乱、
いつ日本本土にミサイルが落ちるか分かりません。



日中、米露は対立関係にあるので
それぞれ日本はロシア、アメリカは中国に働きがけて
北朝鮮の後ろ盾である国の協力を仰いで
国際社会で連携して北朝鮮に圧力をかけ、自制を促すように訴えていますが、
中ロは表面上は批判を行いながら、制裁には消極的です。
これまでの経緯から六者協議などの対話
国連決議による圧力無意味であることは明らかです。
トランプ大統領はアメリカ単独での軍事力行使を否定はしてませんが、
結局アメリカといえどイラクやシリアと違い
既に実質的な核保有国となった北朝鮮を相手に大きなリスクを取りたがりません。
また当事国である韓国に至っては
日米とともに制裁の輪に加わってはいますが、
ロシアに擦り寄り、対話に前向きな一面もあります。
朝鮮半島だけで考えれば文在寅政権誕生で既に北朝鮮の完全勝利でしょう。

ここまで北朝鮮の核戦力強化が進み、
国際社会が半ば容認してしまっている状況を考えると
この問題を解決できる唯一の方法は日本の核武装しかありません。
国民感情を考えれば難しい問題です。
唯一の被爆国としてこれまで日本は核不拡散、核廃絶を訴えてきましたし、
もちろん朝鮮半島を非核化させることが最大の理想ではありますが、
この状況下で北朝鮮が核放棄に応じることはまずありえません。
緊迫した世界情勢を冷静に鑑みれば、日本の核武装は妥当性があります。
アメリカが1945年に初めて核実験を成功させると4年後にはソ連が保有し、
イギリスが1952年に保有すると8年後にフランスが、
中国が1964年に保有すると10年後にインドが、
そしてその14年後にパキスタンが保有しました。
周辺地域に核保有国が誕生した時、核保有の連鎖が起こってきたのが歴史です。

NPT非加盟のイスラエルは既に1979年に核保有に成功しているとみられていて
これに対してイラク、イラン、シリアなどのアラブ諸国が核開発を仄めかせ、進めてきましたが、
冷戦終結後のアメリカの積極的な介入もあり、その多くが停滞・頓挫している中、
北朝鮮は中国を後ろ盾とすることで2006年に核保有を宣言、今年11年目を迎えます。

既に中国が核を保有した1960年代後半に佐藤内閣が極秘に核保有の可能性を検討し、
その結果、日米同盟の核の傘に入りながら、
非核運動の盟主として非核三原則を打ち出すことになりました。
しかし、当時の冷戦期から世界情勢は一層厳しさを増しています。
常任理事国のロシアに中国、そして新たに北朝鮮と
東アジアにおいてレッドチームのみが核を保有しているという状況が問題です。
日本の核武装によって、北朝鮮による露骨な挑発行為を止めさせ、
朝鮮半島ばかりか東シナ海、南シナ海など東アジア全体の軍事バランスは一気に安定します。
もちろん核武装はNPT脱退を意味し中露の反発は必至ですが、
北朝鮮の核を認めながら日本は認めないというのは道義的な問題があります。
日本の核武装宣言によって東アジアの核拡散問題に各国が真剣に取り組むことになり、
北朝鮮に甘い中露を動かすことにもなります。

ミサイル発射直後の30日、イギリスのメイ首相が初来日、
小野寺五典防衛相と共にヘリ空母いずもを視察し、
午後には首相官邸で開かれる国家安全保障会議(NSC)にも参加するなど
安倍内閣は異例の待遇で迎え、日英同盟復活を印象づけました。



既にステルス戦闘機(F3)の共同開発計画空軍共同訓練など
軍事面で協力体制の下地が作られようとしていますし、
日本は中国との経済関係を重視するドイツ(EU)よりも
新たなパートナーとしてイギリスを選びました。
奇しくも秋篠宮家佳子内親王殿下も今月からイギリス留学されるなど
日本の皇室とも歴史的に深い関わりがあります。
イギリスにとってもEU離脱となり、ヨーロッパよりも
かつての大英帝国、オーストラリアやニュージーランドなどオセアニア地域も含めた
イギリス連邦(コモンウェルス)を重視する流れから東洋にも関心を寄せていると考えられます。
一節には香港を中国共産党から再び取り戻そうとしているなどとも囁かれています。

こうして漠然と日米英三極同盟が形作られているような感があります。
これは北朝鮮よりもむしろ中国やロシアといった
ランドパワーに対するシーパワーの同盟といったところではありますが、
中露を含めた既に形骸化した国連を始めとする国際社会ではなく
核保有国である米英の二カ国の協力と賛同を取り付け、核武装の布石とするのかもしれません。
問題である核実験場もかつてインドが提供の用意があると発言していますし、
インドのモディ首相と安部総理は蜜月関係を築いており、
インド高速鉄道の新幹線システム採用原子力協定が結ばれています。
そもそも北朝鮮が1998年の段階で
パキスタンで核代理実験を行っていたという疑惑があるぐらいですから、
パキスタンと対立するインドで日本の核代理実験を行うことはなんら不思議ではありません。
日本の核武装は北朝鮮により、かつてないほどに現実味が増していると考えるべきです。

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国家と国民。 - 2017.08.26 Sat

芸人のウーマンラッシュアワーの村本大輔氏が
「僕は国よりも自分のことが好きなので絶対に戦争が起きても行きません」
終戦の日にツイートした事で炎上しました。
これは11日放送の朝まで生テレビの番組内で
田原総一朗氏の「国民には国を守る義務がある」という発言に噛み付いた事を受けて
既に賛否両論が沸き起こった中で追加的に発言したものでした。
そもそも村本大輔氏は炎上芸人とも呼ばれているので確信犯的なところもありますが、
個人の思想信条も自由だし、これを否定することはできません。
ただ、この発言に乗っかって反安倍に利用しているメディアがいる限り
国民と国家についての考え方を正さなけれならないと思います。

まず冷静なツッコミをすると
戦争に行くのは自衛隊であって村本氏のような芸能人を含め一般市民ではない。
日本は徴兵制をとってません。
また、この発言には戦争はこっちから仕掛けるものという思い込みもあり、
知ってか知らずか戦争を行おうとする安倍内閣というミスリードを起こしています。
このロジックは先日のNHKのインパール特集などマスコミが多用しています。
尖閣にしても仕掛けているのは中国(外国)な訳であって、
もちろん海外軍隊が国内を蹂躙するケースを考えれば
例え非戦闘員であっても立ち上がる必要が出てくるかもしれません。
しかし、「中国が攻めてきたらどうするんだ?」という質問に
こうした左派論客や反戦主義者の多くが戦わずに降伏して政治運営してもらうと答えます。
大戦時のアメリカならまだしも
現在の日本政府レベルの統治を中国共産党にしてもらえる補償はありませんし、
チベットなどの現状を見ればそれは不可能と言えるでしょう。
そんな人には「今から中国語を必死に学んでくださいw」と助言しましょう。
戦争を避けて降伏することが平和とは限らないのです。

そして、田原氏の「国民は国を守る義務がある」という発言は至極真っ当なものでしょう。
そんなものは憲法に書かれていないという反対意見も聞きますが、
国家というのは国民の集合体であり、国家の破滅はイコール国民の破滅です。
これはわざわざ憲法に書く以前に当たり前のことなのです。
戦前は教育勅語に明記されていましたが、これを復活させたところで左派の反発は必至です。

労働や税金など国民が国家に搾取されるというイメージは
マスコミで盛んに取り上げられる一方で
国民の日常生活を国家が支えている側面はほとんど取り上げられず、
村本氏のような考え方を持つ人が増えています。
例えばISILによる日本人拘束事件においては
たった二人の命のために日本政府が総力を挙げて奔走しました。
政府は海外の日本人の命を守る義務があり
後藤健二氏には外務省がシリア渡航の中止要請を三回も行っていました。

左派は何かと国民(市民)と国家を対立構造に置きたがりますが、
国会議員を選ぶのは国民であり、国会決議も多数決によって決まります。
国民は国家の客ではなく構成員です。これは日本の民主主義の形です。
これを否定する革命思想こそ非常に危険です。
戦前の日本共産党から現在の沖縄基地反対運動やSEALDsなど
こうした反政府主義、アナキズムに外国が加担するのは往々にしてみられることなのです。
ウクライナ内戦やシリア内戦を紐解くと外国の代理戦争である事がわかると思います。

このように村本氏の発言は個人主義の結果であり、
あまりに稚拙な部分が多いわけですが、
高齢の田原氏が発言しても説得力がないというのは確かでしょう。
安保法制然り、年金問題然り、
戦争に行くこともなく、年金も支給される高齢者が日本の中枢を担うようになり、
若者にその負担が押し付けられるという不安は共有できます。
しかしどんなクソジジーやクソババーも我々の先輩であり、
先祖へと脈々と続く日本民族が日本という国家を支えてきたわけですから
生まれてきた時代は違えど
次世代を担う我々が果たすべき役割は今も昔も変わらないのです。

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川内ヒーローとイスラム - 2017.08.24 Thu



川内康範は1950年代から1970年代にかけて活躍した脚本家、作詞家、政治評論家、作家。
特に1958年放送の「月光仮面」の原作者として有名。
日蓮宗の寺院の生まれで、民族派的政治思想の持ち主でもあった。

●月光仮面
「月光仮面」日本初のフィルム製作による国産連続テレビ映画であり、
60年代のウルトラマン、70年代の仮面ライダー・戦隊、80年代のメタルヒーロー
そして現在も続く日本のヒーロー番組の元祖でもある。



月光仮面は「憎むな、殺すな、許しましょう」の理念を持ち、
悪人であっても命を奪うことはしない。
武器の二挺拳銃も威嚇と牽制に使い、
発砲しても敵の武器を打ち落とすために使うなど徹底していた。
ターバン前面の三日月のシンボルは、
月の満ち欠けを人の心になぞらえ、
「今は欠けて(不完全)いても、やがて満ちる(完全体)ことを願う」という理想、
「月光は善人のみでなく、悪人をも遍く照らす」との意味が込められている。

月光仮面の発想は薬師如来の脇に侍する月光菩薩から得られたもので、
「正義の味方」という川内の造語も、
「正義」そのものの神仏への脇役的位置づけを示すものであり、
「決して『正義そのもの』ではない」という意味を込めることに川内がこだわった。

ターバンにサングラスとマスクという素顔を隠す出で立ちは
「仮面の忍者赤影」「仮面ライダー」を筆頭に
後の国産ヒーローに伝統的に継承されるようになる。
勧善懲悪の「スーパーマン」を始めとする
アメコミヒーローが素顔を晒しているのとは対照的である。
まさに月光仮面は東洋的な正義を前面に出した元祖国産ヒーローだった。

●イスラムへの憧れ
川内康範は1958年の「月光仮面」に始まり、
1959年「七色仮面」1960年「アラーの使者」と立て続けにヒーロー番組を作り、
期間を置いて仮面ライダーを始めとする変身ブームの70年代にも
1972年「愛の戦士レインボーマン」
1973年「ダイヤモンド・アイ」
1975年「正義のシンボル コンドールマン」と川内ヒーロー三部作が放送された。



川内ヒーロー番組の共通する特徴は
ヒーローが守るべき存在である人間を必ずしも善行なものと捉えていないところで
特に70年代の新三部作では
戦時中の日本人の行いによって日本を憎む死ね死ね団(レインボーマン)
人間に化けて悪行を図る前世魔神(ダイヤモンド・アイ)
人間の欲が生み出したモンスター一族(コンドールマン)が悪役として登場。
人間誰しも欲望や悪の心を秘めていて、
それに打ち勝つ強い正義の心を養わねばならないという川内の強い思想が感じられる。

川内は晩年、右派の政治家である鈴木邦男に
月光仮面の三日月の意味を「イスラム」だと語ったという。
実際に「月光仮面」「七色仮面」に続いて「アラーの使者」を制作し、
また数多くの川内ヒーローはターバンを巻いており、
「ダイヤモンド・アイ」はアラビア生まれという設定であった。
川内ヒーローには仏教とイスラムという二大宗教を融合させたところがある。
日蓮主義者の大川周明が晩年イスラムに傾倒したように
日蓮主義とイスラムには何かしら深い縁があるように思われる。

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